2007年09月08日
五大学共同教養講座・武蔵野大学-第2回・「現代社会の諸問題」
五大学共同教養講座・武蔵野大学-第2回・「現代社会の諸問題」
「ナショナリズムを考える 現代日本の政治動向との関連で」 武蔵野大学 講師 中村孝文(人間関係学部教授)
昼少し前家を出て吉祥寺駅北口広場に近づくと、吉祥寺秋祭りの法被姿の人の群れが見えてきた。
駅前広場ののバス通りには、交通整理の縄張りの中にお神輿が練り歩き、吉祥寺太鼓同好会の車の上で連太鼓が鳴り響いている。
「ナショナリズムを考える 現代日本の政治動向との関連で」 武蔵野大学 講師 中村孝文(人間関係学部教授)
昼少し前家を出て吉祥寺駅北口広場に近づくと、吉祥寺秋祭りの法被姿の人の群れが見えてきた。
駅前広場ののバス通りには、交通整理の縄張りの中にお神輿が練り歩き、吉祥寺太鼓同好会の車の上で連太鼓が鳴り響いている。
バス停の列に並んでいると、太鼓同好会の車が目の前を右から左に流れ、つづいて伊勢神宮式年遷宮の幟を先頭に大きな御幣がつづく。さらに車上舞台で笛太鼓にあわせてひょっとこが踊る車がつづいた。
サンロードのほうから馬に乗った青紫色の冠直衣の人物が現われた。先ほど過ぎ去った伊勢神宮式年遷宮の幟を先頭にした大きな御幣の後につづく人物と思われる。
向台五丁目行きのバスに乗るとお祭り気分の街を抜け武蔵野大学に向かった。道は空いていて武蔵野女学院前まではすぐであった。正門を入ると真っすぐ8号室302教室に向かう。教室にはまだ一人しか席についていなかった。
窓側の列の真ん中辺内側に席を取り、持参した「日本の神話・伝説を読むーー声から文字へ」佐々木隆・岩波新書1078を読む。この本は昨日、西荻図書館で新着本の中から借りてきていた。
定刻がきて講師が紹介された時、荒木義修講師に変わって中村孝文講師が講座を担当します、と講師の変更が告げられた。荒木義修講師は今朝方、腰痛で講義を担当できないので中村孝文講師に代講を頼んだということであった。
中村孝文講師は、荒木義修講師の講義内容には触れないで「現代社会の諸問題」を別の視点から講義すると断ったうえで、プリント「ナショナリズムを考える」に基づいて講義を始めた。
サンロードのほうから馬に乗った青紫色の冠直衣の人物が現われた。先ほど過ぎ去った伊勢神宮式年遷宮の幟を先頭にした大きな御幣の後につづく人物と思われる。
向台五丁目行きのバスに乗るとお祭り気分の街を抜け武蔵野大学に向かった。道は空いていて武蔵野女学院前まではすぐであった。正門を入ると真っすぐ8号室302教室に向かう。教室にはまだ一人しか席についていなかった。
窓側の列の真ん中辺内側に席を取り、持参した「日本の神話・伝説を読むーー声から文字へ」佐々木隆・岩波新書1078を読む。この本は昨日、西荻図書館で新着本の中から借りてきていた。
定刻がきて講師が紹介された時、荒木義修講師に変わって中村孝文講師が講座を担当します、と講師の変更が告げられた。荒木義修講師は今朝方、腰痛で講義を担当できないので中村孝文講師に代講を頼んだということであった。
中村孝文講師は、荒木義修講師の講義内容には触れないで「現代社会の諸問題」を別の視点から講義すると断ったうえで、プリント「ナショナリズムを考える」に基づいて講義を始めた。
「ナショナリズムを考えるーー現代日本の政治動向との関連でーー」
* 1.1990年以降の政治・経済の動向
(1)冷戦の終結とグローバリズム
(2)湾岸戦争・アフガン戦争・イラク戦争と「テロ」
(3)ナショナリズムの昂揚
(4)政治・経済システムの変更
1.市場化政策(新自由主義政策)→格差の拡大
2.利益誘導型政治の変更→「自民党をぶっ壊す」
3.日米安保条約の再定義、アメリカ軍再編→テロ特措法
4.愛国心教育、改憲運動→教育基本法「改正」、
「戦後レジーム」からの脱却
5.安倍首相の施政方針演説(2007年1月26日)→
「美しい国、日本」
$ 1990年前後が大きな節目。始まりは1970年代。
$ ソ連が崩壊(現代史の中の大きな出来事)
$ 湾岸戦争以後、現実をどう考えたらいいか分からなくなった。
$ グローバリズムは、ハンバーガー、スターバックス、アメリカ
文化の席巻として1970年代に始まり同時に産業が国外に出た。
$ 1980〜90年代に産業の空洞化が起こった。
$ 外資系会社の社員は生活が出来たが、それ以外の人びとは零細
化していった。
$ 日本の政治は新しい対応を迫られている。何が新しいか、何を
新しくするか。
$ 安倍小泉路線が云っているのはナショナリズムである。
* ナショナリズムとは何か?
(1)ナショナリズムは歴史的概念である。
「ナショナリズムは近代史を方向づける要因のひとつである。
ナショナリズムの起源は 18 世紀西ヨーロッパにある。そ
の後、19 世紀中にヨーロッパ全体に浸透し、20 世紀には
全世界的な動きになっていった。特に今日アジア、アフリ
カにおいては、一年ごとにその重要さがましてきている。」
(2)「国民は想像されたものである」
「国民 nation とはイメージとして心に描かれた想像の政治的
共同体 an imagined political community であるーーそし
てそれは、本来的に限定され、かつ主権的なもの[最高の意
思決定主体]として想像される」。「国民は[イメージとして
心の中に]想像されたものである。」というのも、いかに小
さな国民であろうと、これを構成する人びとは、その大多数
の同胞 fellow-members を知ることも、会うことも、ある
いはかれらについて聞くこともなく、それでいてなお、ひと
りひとりの心の中には、共同の聖餐(コミュニオン)のイメ
ージが生きているからである。(中略)「ナショナリズムは
国民の自意識の覚醒ではない。ナショナリズムは、もともと
存在していないところに国民を発明することだ。
It(nationnalism) ivents nations where they do not exit.」
ゲルナーのこの規定は、少々過激であっても、じつはわたし
と同じことを言っている。」
つづく。
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五大学共同教養講座・日本獣医生命科学大学-第2回
Posted by koji at 22:57│Comments(0)
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